大阪地方裁判所 平成7年(ワ)2319号 判決 1997年12月25日
大阪市東成区深江北三丁目一四番三号
原告
前田金属工業株式会社
右代表者代表取締役
前田英治
右訴訟代理人弁護士
山上和則
松本克己
小野昌延
西山宏昭
埼玉県草加市栄町一丁目八番一-九〇六号
被告
エムテック有限会社
右代表者代表取締役
三浦正隆
右同所
被告
三浦正隆
右両名訴訟代理人弁護士
西尾孝幸
丸山裕司
赤羽富士男
隈元慶幸
谷原誠
本田俊雄
松田英一郎
主文
一 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告エムテック有限会社(以下「被告会社」という)は、別紙目録(12)ないし(21)記載の各ソケットを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、又は輸出してはならない。
二 被告らは連帯して、原告に対し、金九一八万九〇〇〇円及びこれに対する平成七年三月一八日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 仮執行の宣言
第二 事案の概要
本件は、原告自ら製造、販売する別紙目録(1)のような形態のシャーレンチ(以下「原告シャーレンチ」という)の付属部品である別紙目録(2)ないし(6)の写真及び図面記載のインナーソケット(以下、順に「原告製品(1)」「原告製品(2)」「原告製品(3)」「原告製品(4)」「原告製品(5)」といい、合わせて「原告インナーソケット」という)並びに同目録(7)ないし(11)の写真及び図面記載のアウターソケット(以下、順に「原告製品(6)」「原告製品(7)」「原告製品(8)」「原告製品(9)」「原告製品(10)」といい、合わせて「原告アウターソケット」という)を製造、販売している(被告らにおいて明らかに争わないから自白したものと看做される)原告が、
原告インナーソケット及び原告アウターソケット(以下「原告製品」と総称する)の各形態は、遅くとも発売後一年を経過した頃には、原告の商品であることを示す出所表示機能を取得し、原告の商品表示として取引者の間において周知性を取得していたところ、被告会社が平成六年六月から製造、販売している(争いがない)別紙目録(12)ないし(16)の写真及び図面記載のインナーソケット(以下、順に「イ号物件(1)」「イ号物件(2)」「イ号物件(3)」「ロ号物件(1)」「ロ号物件(2)」という)並びに同目録(17)ないし(21)の写真及び図面記載のアウターソケット(以下、順に「ハ号物件(1)」「ハ号物件(2)」「ハ号物件(3)」「ニ号物件(1)」「ニ号物件(2)」という)は、それぞれ原告製品と同一形態であり、原告製品との誤認混同を生じさせるものであると主張して、
被告会社に対して主位的に不正競争防止法二条一項一号、三条、四条に基づき以上のイ号物件(1)ないしニ号物件(2)(以下「被告製品」と総称する)の譲渡、引渡し、譲渡若しくは引渡しのための展示又は輸出の差止め及び損害賠償を、予備的に民法七〇九条の不法行為に基づき損害賠償を求めるとともに、被告会社の代表取締役である被告三浦正隆(以下「被告三浦」という)に対して有限会社法三〇条の三第一項に基づき損害賠償を求める事案である。
一 基礎となる事実
1 原告及び被告会社は、ともに電動式工具等の製造販売その他の事業を営む会社である。被告三浦は、原告の元従業員であり、被告会社の代表取締役である。被告会社は、被告三浦の妻が取締役として名を連ねているが、他に従業員はおらず、被告三浦が一人で切り回している有限会社である(争いがない)。
2 シャーレンチは、高力トルシャーボルトをナットによって締め付ける器具で、手動式、空動式及び電動式のものがあり、現在は原告シャーレンチのような電動式のものが主流となっている。シャーレンチは、その先端部分に、高力トルシャーボルト先端部のボルトチップ(締付け完了時に破断する)に係合する係合孔が設けられたインナーソケット、及びナットに係合する係合孔が設けられたアウターソケットを取り付けて使用するものである(甲二、証人松村昌造)。
原告は、原告シャーレンチの付属部品である原告製品を、消耗品として別売りしている(争いがない)。なお、被告は、原告製品(4)、(5)、(9)、(10)は現在は製造されていないと主張するが、弁論の全趣旨によれば、現在も製造されているものと認められる。
トルシャーボルトの形状、寸法は、日本工業規格(JIS)により規格化されているため、そのボルトチップ又はナットに係合するシャーレンチのインナーソケット又はアウターソケットの各係合孔の形状、寸法は、各社製造のシャーレンチにおいてほぼ同一である(甲二、証人松村昌造)。
3 原告シャーレンチに取り付けることが可能な原告製品は、原告シャーレンチの機種に応じて次のとおりである。なお、原告製品は、原告シャーレンチ以外の原告製造販売に係るシャーレンチに取り付けて使用することはできない(弁論の全趣旨)。
(一) 原告シャーレンチトネM-201HR・トネM-202HR、トネM-201RA・トネM-202RA、トネM-221R・トネM-222R、トネM-221HR・トネM-222HR、トネM-3100C等には、インナーソケットは原告製品(1)ないし(3)が、アウターソケットは原告製品(6)ないし(8)が取付け可能である。
(二) 原告シャーレンチトネS-201R・トネS-202R等には、インナーソケットは原告製品(4)及び(5)が、アウターソケットは原告製品(9)及び(10)が取付け可能である。
4 被告製品は、その各形態が、次表のとおり対応する各原告製品の形態と全く同じといってよいものであり、したがって対応する各原告製品が取り付けることのできる機種の原告シャーレンチに取り付けることが可能である(弁論の全趣旨)。
インナーソケット
原告製品(商品番号) 被告製品(商品番号)
原告製品(1)(M TONE T16) イ号物件(1)(MT16)
原告製品(2)(M TONE T20) イ号物件(2)(MT20)
原告製品(3)(M TONE T22) イ号物件(3)(MT22)
原告製品(4)(OS TONE T16S) ロ号物件(1)(ST16)
原告製品(5)(OS TONE T20S) ロ号物件(2)(ST20)
アウターソケット
原告製品(商品番号) 被告製品(商品番号)
原告製品(6)(M TONE M16) ハ号物件(1)(MM16)
原告製品(7)(M TONE M20) ハ号物件(2)(MM20)
原告製品(8)(M TONE M22) ハ号物件(3)(MM22)
原告製品(9)(OS TONE M16) ニ号物件(1)(SM16)
原告製品(10)(OS TONE M20) ニ号物件(2)(SM20)
なお、被告は、アウターソケットであるハ号物件(1)ないし(3)、ニ号物件(1)(2)の特定(別紙目録(17)ないし(21)記載の図面)における寸法について、ハ号物件(1)(目録(17))の左側面図中の「27.4は「27.2」が、ハ号物件(2)(目録(18))の左側面図中の「32.4」」は「32.2」が、ハ号物件(3)(目録(19))の左側面図中の「36.4」は「36.2」が、同正面図中の「49」は49.5」が、ニ号物件(1)(目録(20))の左側面図中の「27.4」」は「27.2」が、ニ号物件(2)の左側面図中の「32.4」は「32.2」がそれぞれ正しい旨主張するが、その差異は、測定誤差あるいは公差の範囲内と認められる(弁論の全趣旨)から、右各目録の図面記載のとおり特定するのが相当である。
二 争点
1(一) 原告製品の各形態は、原告の商品であることを示す出所表示機能を取得し、原告の商品表示として周知性を取得しているか。
(二) 被告製品の譲渡等により原告製品との誤認混同を生じるか。
2 被告会社が被告製品を製造、販売した行為は、民法七〇九条の不法行為を構成するものであるか。
3 被告会社による被告製品の製造販売行為が不正競争又は不法行為を構成するものである場合、被告会社の代表取締役である被告三浦は、有限会社法三〇条の三第一項に基づく責任を負うか。
4 被告らが損害賠償義務を負う場合に原告に対し賠償すべき損害の額。
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(一)(原告製品の各形態は、原告の商品であることを示す出所表示機能を取得し、原告の商品表示として周知性を取得しているか)及び同(二)(被告製品の譲渡等により原告製品との誤認混同を生じるか)について
【原告の主張】
1 原告製品の各形態は、遅くとも発売後一年を経過した頃(昭和五三年三月発売の原告製品(4)、(5)、(9)、(10)については昭和五四年三月頃、平成三年一〇月発売の原告製品(1)ないし(3)、(6)ないし(8)については平成四年一〇月頃)には、いずれも原告の商品であることを示す出所表示機能を取得し、原告の商品表示として取引者の間において周知性を取得するに至ったものである。
(一) 原告は、昭和五三年二月から今日に至るまで、原告シャーレンチを製造、販売しているところ、原告シャーレンチの機種は複数あり、また機種名の変遷はあったものの、その基本的な形態は、別紙目録(1)のような形態のまま同一である。
原告製品は、原告シャーレンチの付属部品であるが、次のような形態上の特徴を備えている。
(1) 原告インナーソケットの形態上の特徴は、インナーソケットホルダーとの係合部をスプラインとし、ナメリ防止用のロック部材をこのスプラインに設置した点にある。
(2) 原告アウターソケットの形態上の特徴は、アウターソケットホルダーとの係合部を四つ爪形状とした点にある。
原告製品のこのような形態は、これまで一貫して原告だけが採用し続けてきたものであり、被告製品及び訴外株式会社マキタの製品が市場に出されるまでは他社製品には全くみられなかった原告独自の商品形態であった。
(二) ところで、原告シャーレンチは、その販売開始以来、取引者の間で大好評を博し、我が国のシャーレンチ市場の約七五%を占めている。このように原告シャーレンチの市場占有率が大きいため、その付属部品である原告製品も消耗品として大いに売れ、その結果、原告製品の各形態は、遅くとも発売後一年を経過した頃(昭和五三年三月発売の原告製品(4)、(5)、(9)、(10)については昭和五四年三月頃、平成三年一〇月発売の原告製品(1)ないし(3)、(6)ないし(8)については平成四年一〇月頃)には、いずれも原告の商品であることを示す出所表示機能を取得し、かかる商品表示性を取得した商品形態がそれぞれ取引者間の間において周知性を取得するに至った。
(三) 被告らは、原告製品の各形態はいずれもごく単純なものであり、本体たる他社製のシャーレンチの基本的形態が原告シャーレンチと同じであるから、これに使用される部品であるソケットも基本的には原告製品と同じ形態をしているのであり、原告製品の各形態自体が商品の出所を表示する機能を有し、周知性を取得しているとは到底考えられないと主張する。
しかし、形態が単純であることと右形態が商品表示性及び周知性を取得しうるか否かとは無関係である。他社製のシャーレンチの形態は原告シャーレンチと全く違うものであり(甲一)、したがってまた、インナーソケット及びアウターソケットの形態も原告製品とは全く違ったものであることが明らかであり(甲二)、それ故、部品であっても商品表示性及び周知性を取得できることに何ら問題はないのである。
(四) 被告らは、原告製品の各形態は、不正競争防止法二条一項一号による保護は受けられないと主張するが、その理由とするところは、以下のとおりいずれも失当である。
(1) まず、被告らは、不正競争防止法に基づく原告の本件請求と既に平成四年九月一七日に存続期間の終了した特許権(特許番号第九〇七四三二号 昭和四九年八月二七日出願・昭和五二年九月一七日出願公告〔特公昭五二-三六六四〇号〕)との関係を問題にするが、不正競争防止法と特許法とはそれぞれ法の目的を異にするから、特許権が存続期間終了により消滅しても、不正競争防止法の要件を充足すれば同法の保護を受けうることは明らかである。
しかも、右特許発明は、「ボルト締付具に於けるボルトチップの不完全嵌合防止装置」に係るものであって、ソケットの形状に関するものではないから、原告製品の各形態の問題とは関係がない。
被告らは、不正競争防止法二条一項三号に関する主張も展開するが、そもそも原告の本件請求は同項一号に基づくものであって、同項三号に基づくものではないから、右主張は、本件とは無関係の議論である。被告製品は原告製品の酷似品であるから、同項一号の適用上「同一若しくは類似」の要件を充足することについて全く問題がない。
被告らは、ボルトチップの形態が決まっていることから、当然インナーソケット及びアウターソケットの形態が決まってくる旨主張するが、確かに、ボルトチップ及びナットに係合する各ソケットの内周面はそれぞれ所定の形状に決まってくると考えられるものの、それ以外の部分については全く影響を受けるものではない。
被告らは、原告シャーレンチに取り付けることが可能なソケットを製造しようとする場合、その形態は常に原告製品に似ることを避けることができないから、原告製品及び被告製品の各形態は、同種商品に共通する機能上必然的に有する形態、すなわち「通常有する形態」であるとも主張するが、右主張は居直りの論理ともいうべきものであり、被告の行為の不法行為該当性を自認するものというべきである。前記(一)の(1)及び(2)記載の特徴を備える原告製品の形態は、他社には全くなかった原告製品独自のものであって、決して同種商品に共通する機能上必然的に有する形態、すなわち「通常有する形態」というようなものではない。
(2) また、被告らは、現在、様々な部品が部品のみで販売されており、純正部品以外の部品も大量に売られているところ、純正部品以外の部品であっても、その部品が独立の保護の対象にならない限り、これを販売することは違法ではないと解すべきであると主張するが、まず、純正部品以外の部品が大量に売られているという事実自体を原告は知らない。仮にそのような事例があるとしても、野放しにされているからといって直ちに適法であるということにはならない。更に、右主張自体、部品が独立の保護の対象となる場合は違法となることを認めるものであり、原告は、本件はそのような場合であると主張しているのである。
して規格化されているものであり、様々な製品に共通に使用されることを念頭に置いたものであるのに対し、原告製品は、原告シャーレンチのみに使用できるものであり、被告がいうところの「特殊な機能、形態等を有している」ものに相当するのであって、単なる部品ではない。
2 被告製品と原告製品とを対比すると、前記第二の一4記載の表のとおりの対応関係であって、被告製品は、原告製品とまるで同じ鋳型又はダイスで製造したのではないかと思われるくらい、寸分違わぬ同一形態のものであり、いわゆる隷属的模倣(デッド・コピー)の商品である。加えて、商品番号も、原告製品から「TONE」という原告の商標を除いただけのものとなっている。
したがって、取引者においてイ号物件(1)と原告製品(1)の間で、イ号物件(2)と原告製品(2)との間で、イ号物件(3)と原告製品(3)との間で、ロ号物件(1)と原告製品(4)との間で、ロ号物件(2)と原告製品(5)との間で、ハ号物件(1)と原告製品(6)との間で、ハ号物件(2)と原告製品(7)との間で、ハ号物件(3)と原告製品(8)との間で、ニ号物件(1)と原告製品(9)との間で、ニ号物件(2)と原告製品(10)との間で、それぞれ誤認混同を生じさせるものであり、これにより原告は営業上の利益を害されるおそれがある。
【被告らの主張】
1(一) 原告製品の各形態はいずれもごく単純なものであり、本体たる他社製のシャーレンチの基本的形態が原告シャーレンチと同じであるから、これに使用される付属部品であるソケットも基本的には原告製品と同じ形態をしているのであり、原告製品の各形態自体が商品の出所を表示する機能を有し、周知性を取得しているとは到底考えられない。
消費者が原告製品を見たとしても、それが原告の製造、販売する商品であるとの認識とは直結しない。消費者はそれがどのシャーレンチに取り付けて使用できるかということは当然考えるであろうが、だからといって原告が製造、販売している商品であることを意識することにはならない。原告製品は、それほど特徴のない形態をしているのである。
原告は、原告シャーレンチのシェアの高さをもって原告製品の各形態が原告の商品表示として周知性を取得した最大の要因に挙げているが、原告シャーレンチ自体の周知性とその部品の周知性とは一致しない。
(二) そもそも、原告製品の各形態は、不正競争防止法二条一項一号による保護は受けられないというべきである。
(1) 原告は、既に存続期間の終了した発明の名称を「ボルト締付具に於けるボルトチップの不完全嵌合防止装置」とする特許発明に係る特許権(特許番号第九〇七四三二号)をかつて有していたところ、右特許発明は、インナーソケットにボルトチップの全体を完全に嵌合したときにのみアウターソケットとナットとの嵌合を可能とすることにより、アウターソケットに隠されてインナーソケットとボルトチップとが不完全な嵌合状態で締付け状態に入るおそれがあるという従来の問題を解消し、ソケットの損傷防止及び作業の安全性を向上させたボルトチップの不完全嵌合防止装置を提供するものであり、従来からその形態が決まっていたインナーソケット及びアウターソケットの形態を変えずに、新たに細部を工夫することによって不完全嵌合を防止することに成功したものである。すなわち、右特許発明は、既にその形態が決まっているボルトチップを確実安全に締め付ける方法に関するものであり、ボルトチップの形態が決まっていることから、当然インナーソケット及びアウターソケットの形態が決まってくるのである。
不正競争防止法二条一項三号は、発売から三年以内の商品について、他人が多大な費用と労力をかけて作出した成果にただ乗りするような不当な模倣行為から商品の形態を保護しようとするものであるが、その例外として「当該他人の商品と同種の商品(同種の商品がない場合にあっては、当該他人の商品とその機能及び効用が同一又は類似の商品)が通常有する形態を除く。」と規定している。その趣旨は、<1>同種の商品に共通する特徴のない形態は保護に値しない、<2>商品の形態といっても、その商品の機能効用を発揮するためにどうしてもその形態をとらざるをえない場合があり、このような場合にまでその先行開発者に対して商品の形態の保護を認めてしまうことは、その商品について不当な独占を招くことになる、ということにある。
右条項が新設されたこと及び特許権、実用新案権に存続期間を設けた法意を考えれば、当該商品の形態が「通常有する形態」である場合は、不正競争防止法による保護を受けられないと解すべきである。
原告シャーレンチに取り付けることが可能なソケットを製造しようとする場合、その形態は常に原告製品に似ることを避けることができないから、原告製品及び被告製品の各形態は、同種商品に共通する機能上必然的に有する形態、すなわち「通常有する形態」なのである。
被告会社は、既に公知となっている商品の機能に関する前記特許発明を使用して、被告製品を製造、販売しているにすぎない。原告は、右特許権の存続期間が終了したため、更に原告シャーレンチに取り付けて使用するソケットを独占的に販売するため不正競争防止法に基づく保護を求めてきたものと思われるが、これを許すことは、原告に永久に独占権を与えることと等しく、知的財産権の保護と産業の育成との調和の観点から許すべきものではない。
(2) また、現在、様々な部品が部品のみで販売されており、純正部品以外の部品も大量に売られているところ、純正部品以外の部品であっても、その部品が独立の保護の対象にならない限り、これを販売することは違法ではないと解すべきである。原告シャーレンチに取り付けることが可能なソケットを製造する限り、その形態は前記のとおり原告製品に似ることは避けられないことである。したがって、本件においては、まず純正部品でない部品の製造販売の是非が問われなければならないところ、部品はあくまでも部品にすぎず、それのみでは意味をなさないから、部品が独立して保護を受けることはないものと考えるべきである。例えば、スプリングやネジのようなものの場合、それ自体が特殊な機能、形態等を有しているのであれば格別、そのようなものを有しない部品は単なる部品にすぎず、これを製造、販売することが直ちに純正部品を製造、販売する者の権利を侵害することにはならないというべきである。
2 被告製品と原告製品との誤認混同についての原告の主張は争う。
二 争点2(被告会社が被告製品を製造、販売した行為は、民法七〇九条の不法行為を構成するものであるか)について
【原告の主張】
1 平成五年法律第四七号による改正前の不正競争防止法のもとにおけるデッド・コピー、並びに右改正後の不正競争防止法のもとにあっても最初に商品を販売した日から三年を経過した後のデッド・コピー及び商品形態以外のデッド・コピー(例えば、他人のコンピュータプログラムをCD-ROMに収録して商品として提供する場合)について、改正後の同法二条一項三号が適用されないことをいうまでもないが、かかる行為についても、全くの自由放任というわけではなく、他の条件が加われば、不正競争防止法とは別に民法七〇九条の不法行為が成立する。
民法七〇九条の不法行為の成立要件としての「権利侵害」は、必ずしも厳密な意味で法律上の具体的権利に対する侵害であることを要せず、法的保護に値する利益の侵害をもって足りるから、商品形態が意匠権、著作権といった具体的権利によって保護されているものでなくても、「公正かつ自由な競争原理によって成り立つ取引社会において、著しく不公正な手段を用いる」態様の利益侵害行為があれば、これに対しては民法七〇九条の不法行為法によって保護できるといわなければならない(京都地裁平成元年六月一五日判決・判時一三二七号一二三頁〔袋帯図柄事件〕、東京高裁平成三年一二月一七日判決・判時一四一八号一二〇頁〔木目化粧紙事件〕)。
2 本件は、次の(一)ないし(七)のとおり、原告の元従業員である被告三浦が被告会社の代表取締役として、原告の顧客リストなどをコピーするなどして、原告の顧客に対し、何らの混同防止策も講ずることなく、原告が事実上独占的に販売してきた原告シャーレンチに取り付ける置換部品たるソケットとして、原告製品と寸毫違わない同一形態の、しかも原告製品より品質の劣る被告製品を、不当に廉売して原告の顧客を奪ったものであり、被告会社の右行為は、自由競争の域を逸脱する行為として、不法行為を構成するというべきである。
(一) 被告三浦は、昭和四二年一〇月二七日に中途採用により原告に入社し、直ちに技術開発部に配属され、空気動力工具の設計見習いに従事した。被告三浦は、この時期に原告における特殊工具の設計見習いの特殊知識を習得することにより、昭和四六年三月に営業部に転籍してから後の業務活動においてシャーレンチ用のソケットの技術も分かるセールスエンジニアとして活躍できる基礎を得、同月から平成五年三月末日に退職するまでの約二二年間、東京営業所を中心にセールスエンジニアとして勤務した。
被告会社は、被告三浦が原告在職中に自ら開拓した原告の顧客のみならず、自らその開拓に関与していない原告の顧客をも対象として、原告製品のデッド・コピーである被告製品を販売するに当たり、被告製品が原告シャーレンチに取り付けて使用できることすなわち原告製品と完壁な互換性があること及び原告製品よりかなり低廉な価格であることを取引者及び需要者への売込みの切り札として、原告の顧客に対する売込みを図ってきた。
(二) 被告三浦は、原告退職後間もなく原告の東京営業所を訪れ、退職の挨拶状を販売者に送りたいと告げて原告の従業員を欺岡して原告の営業秘密である「販売者リスト」(原告が直接取引している顧客リスト)をコピーして持ち帰り、更に、再度原告の東京営業所を訪れ、何の断りもなく原告の営業秘密である「地域別販売者リスト」(販売者経由で販売している顧客リスト)をコピーして持ち帰り、これら競業者としては喉から手が出るほどほしい貴重なリストを被告製品の販売に利用して、原告の流通関係者に売込みを行った。
(三) 被告会社による被告製品の流通ルートは、<1>被告会社自身による販売店(小売店)への直接売りと、<2>訴外株式会社ニチワを経由して販売店及びユーザーへ販売する間接ルートとの二とおりあるが、いずれの場合も、被告製品は、メーカー名なしで、当初は無地の箱、その後は二色刷の箱にそれぞれ入れられて販売されてきたところ、かかる販売方法は「置換部品も主商品の供給者から出所したものという誤った印象」(ヘファーメール著「競業法」〔甲九の1・2〕)を強く惹起するものといえる。
(四) 被告製品は、サイズが寸毫違わないほど原告製品と同一の、完全なデッドコピーであり、完壁な互換性があるから、顧客に販売する場合には、原告製品との誤認混同が生じないよう最大限の努力をすべきであったにもかかわらず、被告会社は、逆に両者が混同されることを全く意に介さずに被告製品を販売してきた。
(五) 原告は永年にわたり原告製品を販売してきており、その品質は永年の試練に耐えた高品質のものである。しかるに、被告会社は、被告製品の製造販売を始めたばかりであり、その品質は原告製品より劣ることが判明した(株式会社神戸製鋼所の子会社である株式会社コベルコ科研作成の比較結果報告書〔甲一一〕は、結論として、被告製品は、原告製品と比べると、性能面において、アウターソケットではかたさが高く、インナーソケットでは表面かたさ、内部かたさとも低く、硬化層有効深さも極端に少ないと判断され、また、製法面において、同一熱処理(アウターソケットは焼入れ・焼戻し、インナーソケットは浸炭焼入れ・焼戻し)が施されていると推定されるものの、インナーソケットの浸炭処理時にC量不足気味の処理であり、使用材質(化学成分)もアウターソケット、インナーソケットとも異なると推定される、としている)。
破損した被告製品が原告に持ち込まれた一例である検甲第二〇号証の1~4は、原告シャーレンチに取り付けられた被告製品が原告シャーレンチ本体から取り外せなくなったため、原告へ修理のため持ち込まれたものであるが、これによれば、原告シャーレンチのユーザーは、被告製品を原告製品と誤認混同して購入、使用していたことになる。
(六) 被告は、次表記載のとおり原告製品よりもかなり低価格で被告製品のダンピング販売を行っている。
<省略>
(七) 被告製品が取り付けられる原告シャーレンチは、その形態の周知性から不正競争防止法により法的に保護されており、そのためトルシャーボルト用シャーレンチの市場における占有率は約七五%に達している。被告会社の行為は、このように原告が全社を挙げて営々と築いてきた信用を奪い、これにただ乗り(フリー・ライド)しようとするものであり、前記諸事情を考慮するとき、置換部品であるからといって、断じて許容されるべきではない。
【被告らの主張】
1 原告主張の事実中、被告三浦が昭和四二年一〇月二七日に中途採用により原告に入社し、直ちに技術開発部に配属され、空気動力工具の設計に従事したこと及び昭和四六年三月に営業部に転籍してから平成五年三月末日に退職するまでの約二二年間、東京営業所を中心にセールスの仕事(但し、セールスエンジニアではない)に従事していたことは認め、その余の事実は争う。
2 不正競争防止法はデッドコピーを当然に不正競争とするものではなく、これを不正競争とするには一定の要件を満たす必要があるところ、原告製品は、発売後三年を経ており、被告製品の販売が不正競争となるためには原告製品の各形態が原告の商品表示として周知性を取得することが必要となるが、その立証がない。
本件のようなシャーレンチ用ソケットを購入する側においては、原告製品であるか否かは問題としておらず、価格や耐久性を購入の主な動機としているのである。
原告は、被告製品は性能が悪く、これにより原告の信用を毀損している旨主張するようであるが、被告製品のみが亀裂を起こすわけではなく、また、原告が現実に把握している被告製品の亀裂によるクレームは僅か一件のみである。
以上のとおり、被告が被告製品を販売することは、民法七〇九条の不法行為を構成しない。
三 争点3(被告会社による製品の製造販売行為が不正競争又は不法行為を構成するものである場合に、被告会社の代表取締役である被告三浦は、有限会社法三〇条の三第一項に基づく責任を負うか)について
【原告の主張】
被告三浦は、被告会社の代表取締役の地位にありながら、被告会社の前記不正競争又は不法行為を漫然と放置したものであるから、その職務の執行を行うにつき重大な過失があったものというべきであり、有限会社法三〇条の三第一項に基づく損害賠償責任を負うというべきである。
【被告らの主張】
原告の主張は争う。
四 争点4(被告らが損害賠償義務を負う場合に原告に対し賠償すべき損害の額)について
【原告の主張】
被告会社は、平成六年五月から平成七年三月までの間に、イ号物件を一個当たり四二八〇円で少なくとも六〇〇〇個販売して三八五万二〇〇〇円の利益を得、ロ号物件を一個当たり三二八〇円で少なくとも三〇〇〇個販売して一四七万六〇〇〇円の利益を得、ハ号物件を一個当たり三一〇〇円で少なくとも六〇〇〇個販売して二七九万円の利益を得、ニ号物件を一個当たり二三八〇円で少なくとも三〇〇〇個販売して一〇七万一〇〇〇円の利益を得た(いずれも利益率一五%)。
したがって、被告会社が被告製品の製造販売により得た利益は合計九一八万九〇〇〇円であり、右利益の額は、不正競争防止法五条一項により原告が被った損害の額と推定される。
【被告らの主張】
原告の主張は否認する。
第四 争点に対する判断
一 争点1(一)(原告製品の各形態は、原告の商品であることを示す出所表示機能を取得し、原告の商品表示として周知性を取得しているか)について
1 原告は、原告インナーソケットの形態上の特徴は、インナーソケットホルダーとの係合部をスプラインとし、ナメリ防止用のロック部材をこのスプラインに設置した点にあり、原告アウターソケットの形態上の特徴は、アウターソケットホルダーとの係合部を四つ爪形状とした点にあり、このような特徴を有する原告製品の各形態は遅くとも発売後一年を経過した頃(昭和五三年三月発売の原告製品(4)、(5)、(9)、(10)、については昭和五四年三月頃、平成三年一〇月発売の原告製品(1)ないし(3)、(6)ないし(8)については平成四年一〇月頃)には、いずれも原告の商品であることを示す出所表示機能を取得し、原告の商品表示として取引者の間において周知性を取得するに至ったものである旨主張する。
商品の形態は、本来、商品の機能を効率的に発揮させ、あるいは商品の外観上の美感を追求する等の目的で選択されるものであり、本来的に商品の出所を表示することを目的とするものではない。しかしながら、商品の形態が他の業者の商品と識別できるだけの特徴を有している場合であって、その商品が特定の主体により一定期間独占的に販売されるとか、商品の形態について強力に宣伝広告がされる等の事情により、第二次的に特定の主体の製造、販売する商品であるとの出所表示機能を取得し、この商品表示性を取得した商品の形態が周知性を取得することがある(もちろん、右のような事情があれば、常に必ず商品形態が商品表示性、周知性を取得するというようなものではない)。そこで、このような見地から、本件において原告製品の各形態が原告の商品であることを示す出所表示機能を取得し、この商品表示性を取得した原告製品の各形態が周知性を取得しているか否かについて、以下検討する。
2 証拠(甲一、二、五、六、八、検甲一ないし七の各1~7、八ないし一七の各1・2、一八、検乙一、二の各1・2、証人松村昌造、同八木則人、被告三浦本人)及び弁論の全趣旨によれば、次(一)ないし(七)の事実が認められる。
(一) 電動式シャーレンチは、概ね昭和四五年頃までは株式会社マキタのみが独占的に製造、販売していたが、原告は、昭和四六年頃に電動式シャーレンチ市場に参入してその製造販売を開始した。
原告の製造、販売している電動式シャーレンチの形態は、当初は、ソケット、ギア部、モーターハウジング部が水平位置に並んでいるようなものであったが(商品番号S-24H、S-20H等)、昭和五三年から、基本的には概ね別紙目録(1)のような、ソケット及びギア部が水平位置に並び、これと垂直方向にモータハウジング部及びハンドル部が設けられている形態のシャーレンチ(原告シャーレンチ)を製造、販売するようになり、現在に至っている。
そして、原告は、ソケットについては、原告シャーレンチのうちの商品番号トネM-221R、トネM-222Rを発売した平成三年から、原告インナーソケットのうちの原告製品(1)ないし(3)及び原告アウターソケットのうちの原告製品(6)ないし(8)を製造、販売し、原告シャーレンチのうちの商品番号トネS-6100・トネS-6200(現在は製造、販売していない)を発売した昭和五六年から、原告インナーソケットのうちの原告製品(4)(5)及び原告アウターソケットのうちの原告製品(9)(10)を製造、販売している。
(二)(1)原告インナーソケットのうちの原告製品(1)ないし(3)の形態は、それぞれ別紙目録(2)ないし(4)のとおりであって、全体が黒色で、シャーレンチ本体内のインナーソケットホルダーに係合する大径の円筒形部分とボルトチップに係合する小径の円筒形部分とから成り、大径の円筒形部分は、外周面に六条のスプライン(突起)と右スプライン一つ置きに各一個(合計三個)のナメリ防止用の小さな半球形のロック部材が設けられ、内周面が円形の孔となっており、小径の円筒形部分は、内周面にボルトチップの外周面の形状に合致するよう断面菊型模様の溝が穿設されている。
(2) 原告インナーソケットのうちの原告製品(4)及び(5)の形態は、それぞれ別紙目録(5)及び(6)のとおりであって、全体が黒色で、シャーレンチ本体内のインナーソケットホルダーに係合する小径の円筒形部分及びこれに続く大径の円筒形部分とボルトチップに係合する大小二つの径の円筒形組合せ部分とから成り、小径の円筒形部分は、内周面が円形の孔となっており、大径の円筒形部分は、外周面に六条のスプラインと右スプライン間の凹部一つ置きに各一個(合計三個)のナメリ防止用の小さな半球形のロック部材が設けられ、大小二つの径の円筒形組合せ部分は、内周面にボルトチップの外周面の形状に合致するよう断面菊形模様の溝が穿設されている。
(3) 原告インナーソケットに設けられているスプラインは、ボルトチップに対しトルクを伝えながら、なおかつ前後に動くことが要求されるインナーソケットの機能上、採用されたものである。
(4) 原告製品を原告シャーレンチに取り付けた通常の使用状態においては、原告インナーソケットは、原告アウターソケットの内側に取り付けられるため、その外周面は全く見えなくなり、わずかに左側面視においてボルトチップの外周面の形状に合致するよう穿設された断面菊形模様の溝を含む先端部分が見えるのみである。
(三)(1) 原告アウターソケットの形態は、それぞれ別紙目録(7)ないし(11)のとおりであって、全体が黒色であり、いずれも原告インナーソケットよりも大径で、アウターソケットホルダー又はナットに係合する大小二つの短円筒形部分とその間の幅の狭い円形鍔状の突起部分とから成り、アウターソケットホルダーに係合する短円筒形部分は、外周面にアウターソケット取付用ネジのための孔が穿設され、内周面がインナーソケットの摺動する円形の孔となっており、ナットに係合する短円筒形部分は内周面にナットの外周面の形状に合致するよう断面菊形模様の溝が穿設されており、円形鍔状の突起部分は、周方向等間隔に四か所、アウターソケットホルダーの爪状の突起に係合するための爪状の切欠きが設けられている(以下、原告の主張に従い「四つ爪形状」という)。
(2) 右円形鍔状の突起部分において四つ爪形状としたのは、右のとおりアウターソケットホルダーにこれに対応する爪状の突起を設けた結果の技術的理由によるものである。
(3) 原告製品を原告シャーレンチに取り付けた通常の使用状態においては、原告アウターソケットは、アウターソケットホルダーに係合する短円筒形部分が隠れて見えなくなるのみでその余の部分は外観からその形態を認識することができるものの、円形鍔状の突起部分における四つ爪形状は、アウターソケットホルダーの爪状の突起に係合することによりさほど目立たなくなり、むしろアウターソケット及びアウターソケットホルダーが一体として二段の円筒形状をなしているという印象を与えるものである。
(四) 原告以外にシャーレンチを製造、販売している株式会社マキタ、滋賀ボルト株式会社、日立工機株式会社のソケットの形態は、インナーソケットについては、いずれもインナーソケットホルダーに係合する側の外周面が長い断面六角形状であり、アウターソケットについては、いずれも原告アウターソケットよりも長く、アウターソケットホルダーに係合する部分の形状・構造も異なるなど、原告製品の形態とは異なるものであった。
しかし、原告製品の販売開始後において、株式会社マキタは平成五年六月頃から、滋賀ボルト株式会社は平成七年秋頃から、それぞれ、インナーソケットの外周面にスプラインを設け、アウターソケットを四つ爪形状のものとするなど原告製品と似た形態のソケットを製造、販売している(検乙一・二の各1・2)。原告は、株式会社マキタに対しては、同社が販売しているシャーレンチ及びソケットは、その形態が原告の商品表示として周知性を取得している原告シャーレンチ及び原告製品の形態と酷似しており、原告シャーレンチ及び原告製品との混同を生じさせているから、不正競争防止法二条一項一号の不正競争に該当すると主張して、その製造販売の差止め等を求める訴えを大阪地方裁判所に提起した(なお、滋賀ボルト株式会社については、原告は、右形態のソケットを製造、販売することについて許諾を与えている)。
原告シャーレンチに取り付けて使用するためには、最低限インナーソケットについては外周面にスプラインがなければならず、アウターソケットについては四つ爪形状でなければならず、これと異なる形態のものは、原告シャーレンチに取り付けて使用することが不可能である。
(五)(1) 原告の製造、販売するシャーレンチ全機種並びにこれに対応するインナーソケット及びアウターソケットの総販売数量の推移は、次のとおりであり、そのうち、それぞれ約三分の二が原告シャーレンチ及び原告製品の販売数量である。
年度 シャーレンチ ソケット
<1> 昭和五八年度 三七八六台 三万三一九八個
<2> 昭和五九年度 三七三九台 三万一七八〇個
<3> 昭和六〇年度 三六七〇台 四万〇一〇五個
<4> 昭和六一年度 三六四九台 三万八六〇二個
<5> 昭和六二年度 四四七七台 四万五七八四個
<6> 昭和六三年度 六二二一台 五万八〇六二個
<7> 平成元年度 七二三一台 七万五七一九個
<8> 平成二年度 八四五〇台 八万二〇五一個
<9> 平成三年度 七八三六台 七万八七一九個
<10> 平成四年度 五五六九台 五万七二四四個
<11> 平成五年度 三六四八台 四万五九五二個
<12> 平成六年度 二九五八台 三万九一四一個
このように、原告のソケットの総販売個数は、シャーレンチの総販売台数の一〇倍程度である。
(2) 矢野経済研究所の調査によれば、シャーレンチを製造、販売している原告、株式会社マキタ、滋賀ボルト株式会社、日立工機株式会社の四社のシャーレンチの販売台数の合計に占める原告のシャーレンチ全機種の販売台数の割合(市場占有率)は、平成元年から平成六年までの間概ね七〇%前後であるとされており(この市場占有率は、その算定の基礎となる各社の販売台数がいかなる資料に基づくものであるのか不明であるので、その正確性には疑問も残るが、原告のシャーレンチ全機種の市場占有率が高いことは認められる)、これに従えば、前記のとおり原告のシャーレンチ全機種の総販売台数の約三分の二が原告シャーレンチの販売台数であるから、原告シャーレンチの市場占有率は、四〇数%ということになる。
(六) 原告は、原告シャーレンチ及びその付属部品である原告製品について、次のとおり宣伝広告をしている。
(1) 原告は、昭和五六年から平成六年までの間、株式会社鋼構造出版との間で同社の発行する「週刊鋼構造ジャーナル」への出稿契約を締結し、継続的に広告を掲載した。
「週刊鋼構造ジャーナル」は、建築鉄骨、鋼製橋梁、鉄塔、海洋・陸上各種大型構造物、鉄構関連等の分野の専門誌であって、株式会社鋼構造出版によれば、読者層は、鉄構工場経営者、責任者・部課長、鉄構技術者・技能者であり、発行部数一万五〇〇〇部で、回読率(一部当たりの読者数)八・七人として読者数は一三万〇五〇〇人であるとされている。
原告が同誌に掲載した広告の内容は、例えば次のとおりである。いずれも原告シャーレンチの写真入りであるが、その写真は、いずれも、原告シャーレンチの全体を撮影したものであって、インナーソケット及びアウターソケットの形状は明らかにしていない。
<1> 昭和五六年六月一一日発行分には、誌面のほぼ下半分のスペースで、
「新発売!! S-6000タイプ強力型」との見出しの下に、原告シャーレンチのS-6000タイプを斜め前方から撮影した写真入りで広告が掲載されている。
<2> 平成元年一月二三日発行分には、誌面右下隅に「トネ マグナムシャーレンチ」との見出しの下に、原告シャーレンチのS-201・S-202タイプを、それぞれ右斜め前方、正面(別紙目録(1)における用法では「左側面」)、左斜め前方の三方向から撮影した写真入りで広告が掲載されている。
<3> 平成四年四月二〇日発行分には、誌面右下隅に「Championシリーズ 新発売 コンパクト&パワフル トネ シャーレンチ」との見出しの下に、原告シャーレンチのM-221R・M-222Rタイプを側面(別紙目録(1)における用法では「正面」)から撮影した写真入りで広告が掲載されている。
(2) 原告は、昭和五五年から平成六年までの間に、社団法人全国鐵構工業連合会が毎年発行している株式会社鋼構造出版編集・製作の「認定工場名簿」に八回広告を掲載したが、その一例である平成六年度版(同年七月発行)には、「TECHNISM」との標題の下に、「トルシア形高力ボルト用レンチ」及び「六角ボルト用レンチ」の種類が列挙され、「トルシア形高力ボルト用レンチ」の一種として「Mシリーズシャーレンチ」「Bシリーズシャーレンチ」等が記載されているが、その形態を示す写真、図面等は一切掲載されていない。
(3) 原告は、昭和五五年五月二三日から二五日まで、平成二年八月二三日から二六日まで、平成三年八月二一日から二四日まで、平成五年八月五日から八日までそれぞれ開催された「鉄構技術展」(但し、昭和五五年はその前身である「鉄構展」)に原告シャーレンチを出品し、その他主力販売店が独自に開催する各種展示会に原告シャーレンチを出品した。
(4) 原告は、昭和五〇年から平成七年までの間、原告シャーレンチを含む原告の全製品を掲載した総合カタログを合計一三万部印刷し、販売店及び需要者に配付したほか、一機種ごとのパンフレット、原告シャーレンチの写真入りの手帳(ダイアリー)・テレフオンカード等を制作し、同様に配付した。これらのカタログ・パンフレットには、原告シャーレンチの側面(別紙目録(1)における用法では「正面」)から撮影した写真、寸法図のほか、仕様及びソケット等の付属品に関する説明が掲載されているが、原告製品の形態全体を示す写真、図面等は掲載されていない。但し、「トネ消耗品セット」と題する、原告製品を六個あるいは七個まとめて樹脂ケースに収納した商品の宣伝用パンフレットには、樹脂ケースの前に包装箱とともに並べられた原告製品を斜め上方から撮影した写真が掲載されているが、原告製品の形態全体を明瞭に認識することはできないものである。
(七) 需要者が原告製品を購入する場合、原告の販売代理店(シャーレンチ及びソケットに関しては原告製のもののみを取り扱っているところがほとんどである)に電話又はファクシミリにより、例えば「TONEのシャーレンチ221R用のM20のソケット」というように、原告シャーレンチの型式番号及びボルトのサイズを指定してこれに適合するソケットがほしいと告げるという形で注文し、購入するものであって、原告製品が店頭に陳列されて販売されるようなことはない。
また、原告製品は、常に必ず原告の商標である「TONE」という商標を付した包装箱に入れられて原告製品自体は見えない状態で出荷され、そのまま需要者に販売されるのであって、包装箱に入れられず、原告製品自体が見える状態で販売されることはない。
但し、原告製品は消耗品であるから、原告の販売代理店で原告シャーレンチを購入した需要者が原告製品を購入する場合、必ず当該販売代理店に注文するとは限らず、金物店等に注文することも考えられ、その際、稀にではあるが、当該金物店等が原告製品ではなく原告シャーレンチに適合する他社のソケット(例えば被告製品)を需要者に納品することがないとはいえない。
3(一) 右2認定の事実によれば、原告は、昭和四六年頃に電動式シャーレンチ市場に参入してその製造販売を開始し、昭和五三年から製造販売を開始した原告シャーレンチは、シャーレンチ市場全体において高い占有率を占めているというのであり、また、原告シャーレンチに取り付けられる部品であり、消耗品として別売りされている原告製品も、それ自体かなり高い普及度に達しているものということができる。
そして、原告インナーソケットは、シャーレンチ本体内のインナーソケットホルダーに係合する大径の円筒形部分の外周面に六条のスプラインとスプライン自体又はスプライン間の凹部一つ置きに各一個(合計三個)のナメリ防止用の小さな半球形のロック部材が設けられている点において、原告アウターソケットは、大小二つの短円筒形部分の間の幅の狭い円形鍔状の突起部分が四つ爪形状となっている(周方向等間隔に四か所、アウターソケットホルダーの爪状の突起に係合するための爪状の切欠きが設けられている)点において、従来のソケットには見られなかった形態上の特徴を有し、原告インナーソケットのうちの原告製品(4)、(5)及び原告アウターソケットのうちの原告製品(9)、(10)については昭和五六年から、原告インナーソケットのうちの原告製品(1)ないし(3)及び原告アウターソケットのうちの原告製品(6)ないし(8)については平成三年から、株式会社マキタが原告製品と似た形態のソケットの販売を開始した平成五年六月頃までの間、独占的に販売されてきたことが認められる。
(二) しかしながら、シャーレンチに取り付けるソケットのような消耗品たる付属部品は、特定の機種のシャーレンチに取り付けて使用する以外の用途を有しないものであるから、これを購入しようとする需要者は、まずもって、それが機能上、現在自己が使用している特定の機種のシャーレンチに取り付けて使用できるものであるか否かに着目して商品を選択するものというべきであって、その形態に着目して商品主体を識別し、このように識別した商品主体のいかんにより商品を選択しているものではないというべきであり、このことは、原告シャーレンチを使用している需要者がその付属部品たる原告製品を購入する場合でも同様であると考えられる。
すなわち、前記2(七)認定のとおり、需要者が原告製品を購入する場合、原告の販売代理店(シャーレンチ及びソケットに関しては原告製のもののみを取り扱っているところがほとんどである)に電話又はファクシミリにより、例えば「TONEのシャーレンチ221R用のM20のソケット」というように、原告シャーレンチの型式番号及びボルトのサイズを指定してこれに適合するソケットがほしいと告げるという形で注文し購入するものであって、原告製品が店頭に陳列されて販売されるようなことはないのであるから、原告製品を購入しようとする需要者は、まずもって、原告シャーレンチに取り付けて使用できるものであるか否かという機能上の観点で購入すべきソケットを選択しているのであって、原告製品の形態自体又は右形態から識別される商品主体を商品選択の基準としているものではないというべきである。
もっとも、需要者が原告の販売代理店以外の金物店等に原告製品を注文することも考えられ、その際、稀にではあるが、当該金物店等が原告製品ではなく原告シャーレンチに適合する他社のソケット(例えば被告製品)を需要者に納品することがないとはいえないというのであるが、原告製品は常に原告の商標である「TONE」という商標を付した包装箱に入れられて原告製品自体は見えない状態で出荷されそのまま需要者に販売されること等に鑑みると、右のような場合においても、取引者たる金物店等や需要者は、被告製品も原告製品と同様に原告シャーレンチに取り付けて使用できるソケットであるという観点で販売ないし購入しているのであって、その形態のみからその商品主体を識別し、その形態の同一性から被告製品を原告製品と誤認混同して販売ないし購入しているとまでいうことはできない。
(三) 原告製品に関する宣伝広告についても、前記2(六)認定の業界誌、カタログ等に掲載された写真は、そのほとんどが原告製品を取り付けた原告シャーレンチの全体を撮影したものであって、原告製品の形態全体を示す写真、図面等は掲載されておらず、わずかに、「トネ 消耗品セット」と題する、原告製品を六個あるいは七個まとめて樹脂ケースに収納した商品の宣伝用パンフレットには、樹脂ケースの前に包装箱とともに並べられた原告製品を斜め上方から撮影した写真が掲載されているが、それも原告製品の形態全体を明瞭に認識することはできないものであり、原告製品の形態の特徴をそれ自体として強調し、宣伝しているものとは到底解されない。
また、原告製品を原告シャーレンチに取り付けた通常の使用状態においては、原告インナーソケットは、原告アウターソケットの内側に取り付けられるため、その外周面は全く見えなくなり、わずかに左側面視においてボルトチップの外周面の形状に合致するよう穿設された断面菊形模様の溝を含む先端部分が見えるのみであって、前記のような形態上の特徴を把握することは不可能であり、原告アウターソケットは、アウターソケットホルダーに係合する短円筒形部分が隠れて見えなくなるのみでその余の部分は外観からその形態を認識することができるものの、円形鍔状の突起部分における四つ爪形状は、アウターソケットホルダーの爪状の突起に係合することによりさほど目立たなくなり、むしろアウターソケット及びアウターソケットホルダーが一体として二段の円筒形状をなしているという印象を与えるものであって、外観上前記のような形態上の特徴を把握することは困難である。
(四) 以上のように、原告製品は、昭和五六年から製造販売を開始した原告製品四、(4)、(5)、(9)、(10)及び平成三年から製造販売を開始した原告製品(1)ないし(3)、(6)ないし(8)のいずれも、従来のソケットには見られなかった形態上の特徴を有し、高い市場占有率を占めている原告シャーレンチの付属部品たる消耗品として別売りされてかなり高い普及度に達しており、しかも、株式会社マキタが原告製品と似た形態のソケットの販売を開始した平成五年六月頃までの間、独占的に販売されてきたものではあるが、需要者が原告製品を購入する場合、原告の販売代理店(シャーレンチ及びソケットに関しては原告製のもののみを取り扱っているところがほとんどである)に電話又はファクシミリにより原告シャーレンチの型式番号及びボルトのサイズを告げてこれに適合するソケットがほしいという形で注文するものであって、原告製品が店頭に陳列されて販売されるようなことはなく、需要者は、まずもって、原告シャーレンチに取り付けて使用できるものであるか否かという機能上の観点で購入すべきソケットを選択しているのであって、原告製品の形態自体又は右形態から識別される商品主体を商品選択の基準としているものではなく、しかも、原告製品は常に原告の商標である「TONE」という商標を付した包装箱に入れられて原告製品自体は見えない状態で出荷されそのまま需要者に販売されるものであること、需要者が原告の販売代理店以外の金物店等に原告製品を注文し、当該金物店等が原告製品ではなく原告シャーレンチに適合する他社のソケット(例えば被告製品)を需要者に納品するという稀な場合でも、取引者たる金物店等や需要者は、被告製品も原告製品と同様に原告シャーレンチに取り付けて使用できるソケットであるという観点で販売ないし購入しているのであって、その形態のみからその商品主体を識別し、その形態の同一性から被告製品を原告製品と誤認混同して販売ないし購入しているとまでいうことはできないこと、原告製品に関する宣伝広告も、原告製品の形態の特徴をそれ自体として強調し、宣伝しているものとは解されず、また、原告製品を原告シャーレンチに取り付けた通常の使用状態においては、外観上原告製品の形態上の特徴を把握することは不可能又は困難であることに照らすと、甲第三ないし第五号証、第一二号証その他本件全証拠によるも前記1冒頭の原告主張の事実を認めるに足りず、原告製品の各形態は、原告主張の昭和五四年三月又は平成四年一〇月の時点でも現在でも、原告主張の取引者の間だけでなく需要者の間においても、未だ原告の商品であることを示す出所表示機能を取得しているということはできない。
4 右のとおり、原告製品の各形態は、いずれも原告の商品であることを示す出所表示機能を取得しているとはいえないのであるから、原告の被告会社に対する不正競争防止法二条一項一号、三条、四条に基づく差止請求及び損害賠償請求(主位的請求)は、争点1(二)(被告製品の譲渡等により原告製品との誤認混同を生じるか)について判断するまでもなく、理由がないといわなければならない。
したがって、被告会社の行為が右不正競争防止法二条一項一号の不正競争に該当することを理由として、被告三浦に対し有限会社法三〇条の三第一項に基づき損害賠償を求める原告の請求も理由がないことになる。
二 争点2(被告会社が被告製品を製造、販売した行為は、民法七〇九条の不法行為を構成するものであるか)について
1 前記第二の一(基礎となる事実)4記載のとおり、被告製品は、その各形態が対応する各原告製品の形態と全く同じといってよいものであり、したがって対応する各原告製品が取り付けることのできる機種の原告シャーレンチに取り付けることが可能であるところ、証拠(甲五、乙四、被告三浦本人、証人松村昌造)及び弁論の全趣旨によれば、被告三浦は、岡山県立岡山工業高校機械科を卒業した後、昭和四二年一〇月に中途採用により原告に入社し、技術開発部に配属され、主として手動式、空動式工具の設計等の業務に従事していたところ、昭和四六年四月、当時原告において空動式インパクトレンチの開発、商品化を進めており、技術の分かる営業担当者が必要であるとの判断から、営業部に配属換えになり、技術の分かるセールスマンとして特殊工具の営業に従事した後、昭和四七年四月には東京営業所に配置換えになり、以後平成五年三月三一日に退職するまで、同営業所において原告シャーレンチ及び原告製品を含むシャーレンチ及びソケットの営業に従事したことが認められ、右事実によれば、被告三浦は、永年にわたり原告において技術の分かるセールスマンとして稼働した経験から、原告シャーレンチ及び原告製品の機構、構造を熟知していたものであって、原告を退職後、同年四月一日に自ら設立した被告会社の代表取締役として、原告シャーレンチに取り付けて使用することができるソケットとして、原告製品の各形態に依拠し、これと全く同じといってよい形態の被告製品を製造、販売したものであって、原告製品の形態を模倣した商品を販売したものであることは明らかである。
2 しかして、原告は、本件は、原告の元従業員である被告三浦が被告会社の代表取締役として、原告の顧客リストなどをコピーするなどして、原告の顧客に対し、何らの混同防止策も講ずることなく、原告が事実上独占的に販売してきた原告シャーレンチに取り付ける置換部品たるソケットとして、原告製品と寸毫違わない同一形態の、しかも原告製品より品質の劣る被告製品を、不当に廉売して原告の顧客を奪ったものであり、被告会社の右行為は、自由競争の域を逸脱する行為として、不法行為を構成する旨主張する。
他人の商品形態を模倣した商品を販売するなどの行為は、その商品形態が特許権、意匠権等の知的財産権により保護され、あるいは不正競争防止法により保護されるなどの場合を除き、それだけで直ちに民法上違法な行為として不法行為を構成することはないというべきである。不正競争防止法二条一項三号が最初の販売の日から三年を経過していない他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡する等の行為をもって不正競争とした趣旨は、商品形態の模倣行為一般を一律に不正競争とするのではなく、先行開発者が一定の費用、労力を投下して創造した成果である商品形態の商品を独占して販売することを一定期間に限って認めることにより右投下費用等の回収を保障し、模倣者が右商品形態を模倣した商品を販売することによって右投下費用等の回収が妨げられることにより生ずる競争上の不公正を是正することにあり、それ故、先行開発者が投下した費用、労力を回収しうるだけの合理的期間と認められる右期間の経過後は、商品形態の模倣行為を不正競争とはしないこととしたものと解される。そして、トルシャーボルトの形状、寸法が日本工業規格(JIS)により規格化されているため、そのボルトチップ又はナットに係合するシャーレンチのインナーソケット又はアウターソケットの各係合孔の形状、寸法は各社製造のシャーレンチにおいてほぼ同一であるだけでなく(前記第二の一2)、原告シャーレンチに取り付けて使用するためには、原告も従来の製品に見られなかった形態上の特徴として強調するところの、インナーソケットについては外周面のスプライン、アウターソケットについては四つ爪形状をそれぞれ備える必要があり、これと異なる形態のものは原告シャーレンチに取り付けて使用することができない(前記一2(四))のであって、その形態が技術的、機能的に限定されたものにならざるをえないところ、原告製品は、被告製品の販売が開始された平成六年六月の時点では既に最初に販売された日(原告製品(4)、(5)、(9)、(10)については昭和五六年、原告製品(1)ないし(3)、(6)ないし(8)については平成三年)から三年を経過しているのであるから、原告製品の形態を模倣した被告製品の販売を民法上違法とし、模倣者たる被告会社に不法行為責任を負わせることによりこれを禁圧することは、原告に対し投下費用等の回収を保障するにとどまらず、原告シャーレンチに取り付けられるソケット全般について長期にわたってその独占的販売を保障する結果となりかねず、かえって、公正な競争を害するおそれがあるといわざるをえない(なお、他人の商品〔本体〕に使用しうる取替用の部品を販売すること自体は、その商品ないし部品が知的財産権等により保護されている場合を除き、自由であることはいうまでもない)。
したがって、被告会社の行為が民法七〇九条の不法行為を構成するというためには、ことさら原告製品との誤認混同を生じさせて自己の利益を図り又は原告に損害を被らせることを意図するなど不正な競争をする意図をもって、被告製品を原告製品と偽って原告の販売先に積極的、集中的に販売するなど、公正な競争秩序を破壊する著しく不公正な方法をもって、原告に営業上、信用上の損害を被らせたというような特段の事情の存することが必要というべきである。
そこで、以下、被告会社の行為が不法行為を構成する具体的事実として原告の主張する点を順次検討することとする。
3(一) 原告は、まず、被告会社は被告三浦が原告在職中に自ら開拓した原告の顧客のみならず、自らその開拓に関与していない原告の顧客をも対象として、原告製品のデッド・コピーである被告製品を販売するに当たり、被告製品が原告シャーレンチに使用できることすなわち原告製品と完壁な互換性があること及び原告製品よりかなり低廉な価格であることを取引者及び需要者への売込みの切り札として、原告の顧客に対する売込みを図ってきた旨主張する。
しかしながら、被告三浦本人の供述によれば、被告会社の販売先は、一県当たり二、三店の、鉄骨加工業者と取引のあるディーラー(工具、用材、ボルト販売店)であり、これを地区代理店としており、この地区代理店には原告の販売代理店は含まれておらず、それよりも末端の小売店において原告製品と被告製品とが競合して販売されている場合もあるというにすぎないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、他に被告会社が直接原告の顧客に対して積極的、集中的に被告製品を販売したとか、売込みを図ったと認めるに足りる証拠はない。
また、被告会社が被告製品を販売するに当たり、被告製品が原告シャーレンチに取り付けて使用できることすなわち原告製品と完壁な互換性があること及び原告製品よりかなり低廉な価格であることを謳い文句にしているとしても、そのこと自体は、この種商品の営業活動として特に不当ということはできない(前示のとおり、他人の商品〔本体〕に使用しうる取替用の部品を販売すること自体は、その商品ないし部品が知的財産権等により保護されている場合を除き、自由である)。
(二) 原告は、被告三浦は原告退職後間もなく原告の東京営業所を訪れ、退職の挨拶状を販売者に送りたいと告げて原告の従業員を欺岡して原告の営業秘密である「販売者リスト」(原告が直接取引している顧客リスト)をコピーして持ち帰り、更に、再度原告の東京営業所を訪れ、何の断りもなく原告の営業秘密である「地域別販売者リスト」(販売者経由で販売している顧客リスト)をコピーして持ち帰り、これら競業者としては喉から手が出るほどほしい貴重なリストを被告製品の販売に利用して、原告の流通関係者に売込みを行った旨主張するが、右各リストのコピー持帰りの事実を認めるに足りる証拠はない。
(三) 原告は、被告製品は、メーカー名なしで、当初は無地の箱、その後は二色刷の箱にそれぞれ入れられて販売されてきたところ、かかる販売方法は「置換部品も主商品の供給者から出所したものという誤った印象」を強く惹起するものといえる旨主張するが、原告製品の各形態が原告の製造、販売する商品であることを示す出所表示機能を取得しているといえないことは前記説示のとおりであり、また、一般に、消耗品たる付属部品は、本体を製造、販売するメーカーの製造、販売するもの(いわゆる純正部品)のほか、それ以外の部品メーカーの製造、販売しているものもありうる(証人松村昌造)から、被告製品がメーカー名を付さずに販売されてきたとしても、それのみで原告製品との出所の混同を生じるものでないというべきである。
加えて、被告製品の包装箱がいかなるものであるか、これを認めるに足りる証拠はないが、仮に原告主張のとおり当初は無地の箱、その後は二色刷の箱であるとすれば、原告製品は常に必ず原告の商標である「TONE」という商標を付した包装箱に入れられて原告製品自体は見えない状態で出荷され、そのまま販売されるのであるから、取引者及び需要者においてなおさら混同が生じるものではないと考えられる。
(四) 原告は、被告製品は、サイズが寸毫違わないほど原告製品と同一の、完全なデッドコピーであり、完壁な互換性があるから、顧客に販売する場合には、原告製品との誤認混同が生じないよう最大限の努力をすべきであったにもかかわらず、被告会社は、逆に両者が混同されることを全く意に介さずに被告製品を販売してきたと主張するが、被告会社が被告製品を販売するに当たり、被告製品が原告シャーレンチに取り付けて使用できることを謳い文句にしているとしても、それ以上にことさら被告製品の出所が原告であるかのような混同を生じさせるような販売活動を行ってきたとの事実は、これを認めるに足りる証拠がない。
(五) 原告は、原告は永年にわたり原告製品を販売してきており、その品質は永年の試練に耐えた高品質のものであるのに対し、被告会社は、被告製品の製造販売を始めたばかりであり、その品質は原告製品より劣ることが判明した(株式会社神戸製鋼所の子会社である株式会社コベルコ科研作成の比較結果報告書〔甲一一〕は、結論として、被告製品は、原告製品と比べると、性能面において、アウターソケットではかたさが高く、インナーソケットでは表面かたさ、内部かたさともに低く、硬化層有効深さも極端に少ないと判断され、また、製法面において、同一熱処理(アウターソケットは焼入れ・焼戻し、インナーソケットは浸炭焼入れ・焼戻し)が施されていると推定されるものの、インナーソケットの浸炭処理時にC量不足気味の処理であり、使用材質(化学成分)もアウターソケット、インナーソケットとも異なると推定される、としている)旨主張するところ、右甲第一一号証には原告主張のとおり記載されていることが認められ、また、証拠(甲三ないし五、検甲一九の1・2、二〇の1~4、証人松村昌造)によれば、原告は、平成八年四月一〇日、リース業者のジロー株式会社から原告シャーレンチ(M-221R、製造番号M253830)の修理依頼を受けたところ、右原告シャーレンチに装着されていたアウターソケット及びインナーソケットは被告製品であり、そのうちアウターソケット(検甲一九の2)は四つ爪の角から亀裂が入っていたことが認められる。しかしながら、右甲第一一号証記載の性能面、製法面における相違が、被告製品を実際に原告シャーレンチに取り付けて使用する際の耐久性にどの程度の影響を及ぼすかは本件全証拠によるも明らかでなく、また、被告製品のアウターソケットに亀裂が生じたという点についても、もともとソケットは消耗品であって、一定回数の使用後取り替えられることを予定したものであるところ、右証拠(検甲一九の1・2、二〇の1~4)によれば、右アウターソケットがどのような条件の下でどの程度の期間、どの程度の回数使用されたものであるかは明らかではないものの、相当長期間にわたり、相当の回数使用されたものであることは認められ、しかも、証拠(検乙三、被告三浦本人)によれば、原告アウターソケットにおいても右と同様の亀裂が生じることがあることが認められるから、未だ、被告製品の品質が原告製品と比較して著しく劣るものであるとか、その販売が原告製品の品質上の信用を毀損するものであるとは認められないというべきである。
(六) 原告は、被告は前記第三の二【原告の主張】2(六)記載の表のとおり原告製品よりもかなり低価格で被告製品のダンピング販売を行っている旨主張するところ、証拠(甲七、被告三浦本人)によれば、被告会社は、平成六年六月頃から約一年間、右の表記載のとおりの売価で地区代理店に被告製品を販売していたことが認められるが、その当時の各被告製品に対応する原告製品の売価が同表記載のとおりであると認めるに足りる証拠はなく、仮に同表記載のとおりであるとしても、被告製品の売価は原告製品の売価の約五ないし二〇%安価であるというにすぎず、未だ公正な競争秩序を破壊するダンピング販売であるということはできない。
4 以上によれば、被告会社による被告製品の販売行為は、前記2に説示したところに照らし、未だ民法七〇九条の不法行為を構成するとまでいうことはできない。
したがって、被告会社に対し民法七〇九条の不法行為に基づき損害賠償を求める原告の請求(予備的請求)も理由がないというべきである。
そうすると、被告会社の行為が右民法七〇九条の不法行為に該当することを理由として、被告三浦に対し有限会社法三〇条の三第一項に基づき損害賠償を求める原告の請求も理由がないことになる。
第五 結論
よって、原告の被告らに対する請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田中俊次 裁判官 小出啓子)
目録(1)(原告シャーレンチ)
<省略>
<省略>
目録(2)(原告製品(1))
<省略>
目録(2)(原告製品(1))
<省略>
目録(3)(原告製品(2))
<省略>
目録(3)(原告製品(2))
<省略>
目録(4)(原告製品(3))
<省略>
目録(4)(原告製品(3))
<省略>
目録(5)(原告製品(4))
<省略>
目録(5)(原告製品(4))
<省略>
目録(6)(原告製品(5))
<省略>
目録(6)(原告製品(5))
<省略>
目録(7)(原告製品(6))
<省略>
目録(7)(原告製品(6))
<省略>
目録(8)(原告製品(7))
<省略>
目録(8)(原告製品(7))
<省略>
目録(9)(原告製品(8))
<省略>
目録(9)(原告製品(8))
<省略>
目録(10)(原告製品(9))
<省略>
目録(10)(原告製品(9))
<省略>
目録(11)(原告製品(10))
<省略>
目録(11)(原告製品(10))
<省略>
目録(12)(イ号物件(1))
<省略>
目録(12)(イ号物件(1))
<省略>
目録(13)(イ号物件(2))
<省略>
目録(13)(イ号物件(2))
<省略>
目録(14)(イ号物件(3))
<省略>
目録(14)(イ号物件(3))
<省略>
目録(15)(ロ号物件(1))
<省略>
目録(15)(ロ号物件(1))
<省略>
目録(16)(ロ号物件(2))
<省略>
目録(16)(ロ号物件(2))
<省略>
目録(17)(ハ号物件(1))
<省略>
目録(17)(ハ号物件(1))
<省略>
目録(18)(ハ号物件(2))
<省略>
目録(18)(ハ号物件(2))
<省略>
目録(19)(ハ号物件(3))
<省略>
目録(19)(ハ号物件(3))
<省略>
目録(20)(ニ号物件(1))
<省略>
目録(20)(ニ号物件(1))
<省略>
目録(21)(ニ号物件(2))
<省略>
目録(21)(ニ号物件(2))
<省略>